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八咫烏(ヤタガラス)とは?伝説で天皇を案内した導きの神について知ろう

八咫烏(ヤタガラス)とは?伝説で天皇を案内した導きの神について知ろう

八咫烏(ヤタガラス)は日本神話の中で神武天皇を先導した伝説を持つ、三本足の烏です。今回はそんな八咫烏の三本足の意味や太陽の化身とされる理由についてご紹介します。また八咫烏が祀られている神社についてもいくつかご紹介します。

    八咫烏(ヤタガラス)とは?伝説で道案内をした烏

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    天皇を道案内した八咫烏

    八咫烏(ヤタガラス)とは、日本神話「神武東征」にも登場する三本足の烏のことです。

    古事記によると、神武天皇がまだ神倭伊波礼毘古命(カムヤマトイハレビコノミコト)と呼ばれていた頃、兄の五瀬命(イツセノミコト)と共に、日向の国(現在の宮崎県)を治めていたとあります。

    ある時、二人の間にもっと東のほうへ行ってみたらどうだろうという相談が持ち上がり、さっそく二人は東の方へ向かい、日向の国を出発します。

    道中、知り合った者を仲間に加えながら進んでいると、奇襲に合い、兄の五瀬命を喪ってしまいます。

    それでも一行は何とか進み、やがて熊野の村へとたどり着きます。その時、熊野山に住む熊の姿をした荒々しい神が現れ、その毒気に触れた神武天皇一行は、皆正気を失ってしまい死んだように寝込んでしまいます。

    どうする事も出来ないように思われましたが、その際、熊野の高倉下(タカクラジ)という名の者が一振りの剣を持って神武天皇の前に現れました。そしてその剣の霊力により、神武天皇一行は正気にかえり、高倉字にその剣のことを尋ねます。

    高倉字は、自分の夢の中に天照大御神が現れ、建御雷神(タケミカヅチノカミ)に神武天皇を助けてあげなさいと言われたといいます。

    建御雷神は、「自分が降って行かなくとも、私の代わりにこの剣を降ろしましょう」と答え、朝になり目を覚ました高倉字が倉を見に行くと、夢の中に出てきた剣があり、神武天皇に献上しに参りました。


    更に、この時神武天皇自身も不思議な夢を見ています。

    夢の中に高木神(タカギノカミ)が現れ、「この土地より奥の方へ深入りしてはいけません。この奥には荒々しい神々が多数いる。天から、八咫烏を送り届けてやろう。この八咫烏が道案内をするので、それに従って進んで行けば良い」と言われます。

    神武天皇は夢の中で教えられた通りに従って、八咫烏の後を追って旅を続けました。

    八咫烏(ヤタガラス)は導きの神で太陽の化身

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    太陽神は天照大神、太陽の化身は八咫烏

    八咫烏は、神武天皇を大和の橿原(かしわら:現在の奈良県)まで先導したことにより、導きの神とされています。

    なぜ八咫烏が太陽の化身とされているのかについては、諸説ありますが古来より太陽を表す数が「三」とされてきたことに由来する説が有力です。八咫烏の足が三本あることから、その足の本数にちなんで、太陽を連想させた事が考えられます。

    日本神話における八咫烏(ヤタガラス)

    日本神話における八咫烏(ヤタガラス)
    Photo bygeralt

    日本神話では、神武天皇の先導を務めたことが有名ですが、日本の歴史における八咫烏の登場は、意外にも古いものでした。

    奈良県にあるキトラ塚古墳(7世紀末~8世紀)の壁画にも太陽と共に、三本足の烏が描かれています。日本神話に登場する神は、男神女神の区別こそあれ、身体的な特徴を表すような描写はあまりなく、八咫烏が三本足の烏であるという記述は、古事記にも日本書紀にもありません。

    八咫烏が三本足の烏であると記述されている最古の文献は、「倭名類聚抄(わみょうるいじゅしょう)」です。平安時代中期の辞書とされ、この文献の中に三本足の烏の記述が残っています。

    この文献が作られた頃には、中国や朝鮮の伝説の鳥「三足烏(さんそくう:太陽と同じ「陽」に分類された烏)」と八咫烏が同一視され、三本足の烏の姿になったとされています。

    つまり、八咫烏が三本足であったことは後付けであると言えます。

    八咫烏(ヤタガラス)の足は三本ある

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    三本足の意味とは?

    八咫烏の「八咫」とは、「大きく広い」という意味があります。伝説では足が三本あるとされており、その三本の足はそれぞれ「天」、「地」、「人」を表します。

    「天」とはすなわち神の事を指し、「地」は大地の事、つまり自然環境の事を表し、三本目の足は太陽の下に神と自然と人とが血を分けた兄弟であるということを示しています。

    八咫烏(ヤタガラス)を祀る神社一覧

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    八咫烏を祀る神社は熊野に集中しています

    八咫烏を祀る神社はとても数が少なく、貴重です。そんな八咫烏が祀られている神社ご紹介します。

    【1】奈良県宇陀市『八咫烏神社』

    奈良県宇陀市には、建角身命(八咫烏大神)を御祭神とする神社があります。

    この神社は、太古から語り継がれてきた八咫烏そのものを御祭神として祀っています。度重なる戦火に見舞われた歴史があり、江戸時代まで廃絶寸前の状態となり、いつしか「ヤタガラス」が訛って、「をとごろす」という俗称で呼ばれるようになったとされています。

    しかし、江戸時代の文政年間に、京都の下賀神社の神官の目に留まったことから、その働きかけにより再興され、本殿が現在のような春日造に作り替えられました。


    お問い合わせ 八咫烏神社の宮司は他の職を生業としており、電話対応が難しいので、できる限りお便りでのお問い合わせが良いです。

    【2】和歌山県東牟婁郡『熊野那智大社』

    熊野那智大社は和歌山県にあります。ここでは、交通・海上の安全を導くとして八咫烏が祀られています。

    先導の役目を終えた八咫烏は熊野の地へ戻り、現在は「烏石」と呼ばれる石に姿を変えて休んでいるとされており、境内で拝見する事が出来ます。


    お問い合わせ 熊野那智大社の公式ホームページのお問い合わせメニューより、メッセージが送れます。
           TEL 0735-55-0321
           FAX 0735-55-0643

    【3】和歌山県田辺市『熊野本宮大社』

    日本神話で神武天皇と八咫烏が初めて出会った土地ということもあって、やはり熊野には八咫烏を祀る神社が多いです。

    熊野那智大社と共通して、「導きの神鳥」として、八咫烏を祀っています。

    またこの神社には「八咫烏ポスト」という、八咫烏が大きく羽を広げた八咫烏が乗った黒いポストがご神木の下に設置されています。

    八咫烏ポストは郵便物を送ることが可能で、このポストから郵便物を送る際には、社務所にて「出発の地より心をこめて 熊野本宮」というスタンプを押してもらえます。


    お問い合わせ 熊野本宮大社の公式ホームページからも、メッセージにてお問合せいただけます。
           TEL 0735-42-0009

    【4】和歌山県新宮市『熊野速玉大社』

    熊野速玉大社境内はユネスコ世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」を構成する一つとして登録されています。国宝として指定される古神宝類を数多く所有しており、境内にある梛の大木は国指定の天然記念物です。

    熊野速玉大社は、熊野本宮大社、熊野那智大社と合わせて「熊野三山」と呼ばれ、摂末社(熊野速玉大社に属した小規模な神社)には【1】でご紹介しました「八咫烏神社」を含んでいます。

    また毎年10月15日無形文化財「熊野速玉大祭」が行われることでも有名です。


    お問い合わせ 〒647-0003 和歌山県新宮市新宮1番地
           TEL 0735-22-2533

    【5】京都市左京区『下鴨神社 (賀茂御祖神社)』

    美しい朱色の楼門が印象的に残る下鴨神社(しもがもじんじゃ)は日本神話「神武東征」で活躍した神武天皇の正妻の両親が祀られており、父親の賀茂建角身命(かもたけつのみのみこと)の化身が「八咫烏」であるとされています。

    そのことから、別名賀茂御祖神社(かもみおやじんじゃ)と呼ばれ、人々に愛されています。


    お問い合わせ 〒606-0807 京都府京都市左京区下鴨泉川町59
           TEL 075-781-0010

    編集部

    編集部

    関連記事では下賀茂神社を含む強力な京都のパワースポットををご紹介!併せてご覧下さいね!

    【6】愛知県豊橋市『烏塚(からつか)神社』

    下鴨神社と同様に加茂建角身神の化身である「八咫烏」を祀ったスポーツなどの勝負ごとにご利益のある神社です。

    賀茂別雷神(かもわけいかずちのみこと)と宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)も祀られているので、運気上昇と金運アップにもご利益があり、小さな規模の神社ですが、どんなお願いにも対応してくれる人気のある神社です。


    お問い合わせ 毎月1日と15日の午前6時~午前7時まで氏子さんが待機しており、御祈祷をしてもらえます。

    八咫烏(ヤタガラス)についてまとめ

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    三本足の烏の伝説

    その姿は古くから壁画などにも描かれてきましたが、文献では神武天皇の道案内を務めたことしか日本神話には登場してきません。

    しかし「三本足の烏」という、日本の神様の中では珍しいはっきりとした姿から、非常に有名な神様です。

    また日本サッカー協会のシンボルマークでもあり、勝利に導くご利益のある神様として今も国民から親しまれています。

    Original

    失われた八咫烏の古史古伝「竹内文書」の謎 (ムー・スーパーミステリー・ブックス)

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