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とりかえばや物語とは?平安時代にできた作者不詳の物語のあらすじを解説

とりかえばや物語とは?平安時代にできた作者不詳の物語のあらすじを解説

平安時代に、とりかえばや物語という、男女が入れ替わってしまうという古典文学ではありえない内容の作品があります。ではとりかえばや物語とは一体どんなお話なのでしょうか。今回は、とりかえばや物語のあらすじや成立した経緯を紹介します。

    とりかえばや物語とは?

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    平安時代の貴族の乗り物

    とりかえばや物語とは、平安時代に書かれた、男女が入れ替わるというその時代には異色な内容の宮廷物語です。

    同時代、紫式部によって書かれた「源氏物語」のように広く知られることもなく、現代に至るまでこの物語は幾度となく酷評を受けてきました。

    しかし、近年トランスジェンダーの問題やジェンダーレス(男でも女でもない中性)と称する外見と中身の一致にとらわれない人達が、メデイアで多く取り上げられるようになったことが一つのきっかけとなり、男女が入れ替わるとりかえばや物語が、若い世代を中心に再び注目されるようになりました。

    また、好色男(イケメン)と美しく艶やかな女性たちとの複雑な恋愛模様が、さらに興味を引く要因になっています。

    とりかえばや物語が成立した経緯

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    平安時代の建物

    とりかえばや物語は、平安時代末期(12世紀中期~13世紀初め)に書かれたとされています。

    しかし、無名草子・風葉和歌集の記載によると、それ以前に原型となるものが書かれていてその後書き換えられたとされており、原型の方を『古とりかえばや』、書き換えられた方を『今とりかえばや』として区別しています。

    古とりかえばやは、話の筋があいまいで退廃的と評されあまり好まれなかったようで、その後大きく書き換えられたものが今とりかえばやとして残り、現在のとりかえばや物語となりました。

    とりかえばや物語の作者

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    貝合わせ 平安時代の遊び

    とりかえばや物語の作者は不詳です。

    とりかえばや物語を訳した作家や研究者たちの推測によると、今とりかえばや物語は同時代にとても人気を博した紫式部作の「源氏物語」に強い影響を受けている要素が見られることがわかりました。

    当時は表立つことのない女性が主役となり、男装をして宮廷に出るといった内容などから、源氏物語に影響を受けた女性によって書かれたものではないかと推測されています。

    一方、古とりかえばやの方は、男性が主役で内容ももっと荒々しく性的描写もあからさまであったことから、男性の手によって書かれたものではないかと推測されています。

    とりかえばや物語の作者は不詳ですが、その後、川端康成・桑原博史・鈴木弘道・河合隼雄ら多くの作家らによって訳され、現在では、主に中村真一郎・田辺聖子の訳によるものが現代語訳として読まれています。

    また、作家である氷室冴子の少女小説「ざ・ちぇんじ」や、漫画家のさいとうちほによってコミック化された「とりかえ・ばや」といった、若い世代にも親しみやすくより読みやすくなった書籍も出版されています。

    とりかえばや物語のあらすじ

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    とりかえばやは平安時代の物語

    ここでは、とりかえばや物語のあらすじをお話ししましょう。

    ※この時代は、男女とも官位や地位が上がるに従って、同一人物を指す呼び名が変わります。(例:尚侍→女御→中宮→后)

    男君と女君の誕生~幼少期

    幼少期
    Photo bysasint

    時の大納言(のちの関白左大臣)には二人の妻がいました。

    時を同じくして二人の妻はそれぞれ子を産みます。一人は男の子でもう一人は女の子でした。

    二人の妻はそれほど容姿が良かったわけではありませんが、子供達はどちらも美しく、利発な顔立ちをしていて、不思議なことに母親がそれぞれ違うのに顔は瓜二つでした。

    二人の子はすくすく成長していきましたが、成長するに従いどういう訳か男君は女性のように大人しく、女君は男性のように活発に育っていったのです。

    父左大臣は心配したものの、これも今だけで時間が経てばそれぞれの性別らしくなるだろうと考えていました。

    ところが、時が経っても二人の様子は変わらず、女君は明るく活発で男児のように友と野山を駆け回り詩や和歌を詠み蹴鞠に興じ、一方の男君は物静かで大変な人見知りで、乳母や本当に近しい侍女以外は父親にさえ恥ずかしがって顔を合わせないご様子で、いつも部屋に籠り貝合わせや本を読んで過ごすのでした。

    父左大臣は、そんな二人の様子を見て「ああ、とりかえばや(取り替えられたらいいのに)」とため息をつくのでした。

    それでもいつか、男君は男らしく女君は女らしくなってくれるだろうという淡い期待を持ちながら、2人の成長を見守っておりましたが、一向に変わる様子もなく二人はそのまま成長していきました。

    青年期 宮仕え

    青年期
    Photo by mrhayata

    女君は容姿も美しくその明るく社交的な人柄から友も多く、笙(当時の笛のような楽器)や和歌の才にもたけており、賢く非の打ち所がないと評判で、その噂が帝の耳にも届き、ぜひ宮中に出仕するようにとのお達しが出されました。

    左大臣は困り果てましたが帝の命には背くわけにもいかず、女君を男子として元服させました。

    こうして、女君は男装して三位中将の官位をもらい、宮廷に仕えることとなります。

    また、男君の方も左大臣の美しい娘という聞こえが高く、帝や東宮から内裏に入内して欲しいとの強い要望がありましたが、左大臣は「娘は極度の人見知りなので」という理由でその申し出を断ります。

    帝には一人娘(一宮)がおりましたが他に子がいなかったため、帝の地位を退き院になられた折に一宮が女東宮となりました。

    溺愛するわが子が心配であった帝は、左大臣に娘(男君)を尚侍(ないしのかみ)として入内させて、東宮のお世話役として付くように命じます。

    それくらいならばなんとか上手く過ごせるであろうと左大臣も承諾し、女姿の男君は東宮のお側につく尚侍となりました。

    こうして女君は男として、男君は女として、それぞれ宮廷につかえることになったのです。

    三位中将(女君)の結婚

    結婚
    Photo by uphillblok

    三位中将(女君)は、抜きんでた容姿と才覚に周囲の評判も高く、女君を男と思っている女性たちは我こそがお側につきたい、妻になりたいと歌を送ったりして機会を狙うのですが、女性に興味のない女君は素知らぬ顔で、それがまた誠実な人柄だとますます評判が高まります。

    年頃の娘を持つ右大臣も、三位中将をぜひわが娘四ノ宮の婿に迎えたいと左大臣に2人の婚姻を申し出ます。

    左大臣は、女である本当の姿が隠し切れないのではないかと躊躇しましたが、奥方に四ノ宮様は幼いところがあるので仲睦まじく接していれば何とかなるでしょうと肩を押され、女君は右大臣家の四ノ宮の婿となりました。

    また、女君は順調に出世して、三位中将から今中納言に昇格します。

    あなたが不幸なのはご先祖様のせいかもしれません。

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