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聖徳太子の予言とは?地震や天災などの聖徳太子が残した予言を解説

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聖徳太子の予言とは?地震や天災などの聖徳太子が残した予言を解説
都市伝説

聖徳太子の予言とは?聖徳太子は未来を予言できた

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イエス・キリスト、聖徳太子、蘇我氏の共通点とは?

聖徳太子といえば、聖人として日本でも有名な方です。その聖徳太子が、未来を予言したという話は本当でしょうか?
聖徳太子は、生後間もなく言葉を発したと伝えられており幼少の頃にはすでに国内だけでなく外国の学問も修めて高僧の域まで達していたとされています。
そしてイエス・キリストとの類似点が多く奇跡も数々起こしたと言われている超人です。イエス・キリスト、聖徳太子、蘇我(そが)氏は、どうも関係があるのです。「厩戸皇子」は、「うまやどのおうじ」と読み聖徳太子の本来の名前です。それと蘇我馬子(そがのうまこ)と呼ばれる人物がいますが、名前としては同じ意味を持っています。

特に我は蘇った馬小屋の子という意味の蘇我馬子は、まさにキリストを暗示しています。そのような点からも予言と聖徳太子が関わっていると伝えられているのも不自然なことではないのです。
このように不思議な力を授かっている聖徳太子は、はるか未来のことを予言することができる能力を持っていたとされています。

日本書紀に記された聖徳太子の予言の力

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日本書紀に「兼ねて未然に知ろしめすこと」と記されている

日本書紀の記述の中には、聖徳太子が「兼ねて未然に知ろしめすこと」ができるという能力があったとされています。よく聞く話としては、一斉に10人の声を聞いて内容を理解し個別にそれらに対する回答をすることができたというのは有名ですね。

一般的に歴史で知られている十七条の憲法や冠位十二階の制定という偉業だけでなく聖徳太子には予言者として未来を見通す力も持っていたのです。
また実際に彼が未来を予言することができたという超人的なエピソードなども多数残っています。それがわかるのが、日本書紀という文献に記述されている内容で太子は、今後起きる事柄を知ることができたと記載されているのです。

聖徳太子の予言が記された「未来記」

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聖徳太子が記述した『未来記』と『未然記』とは

聖徳太子が未来に起きることを記述した書物が『未来記』とされています。
原本は、残念なのですが現存していないと言われています。一説には四天王寺という聖徳太子が建立した寺に保管されているとも言われていますがはっきりしていません。しかし『未来記』の記述内容を引用したとされる文献は、現在でも数多く存在しています。

『未来記』の他に『未然紀』という聖徳太子が書き記したとされている予言の書は、現在も国立国会図書館に保管されています。
国立国会図書館に現在ある『未来記』は、元々は徳川家光の時代、四天王寺にあったとされる『未来記』の写本でした。
もう一方の『未然紀』の写本はいつのものかというと、徳川吉宗の時代に写本されたものです。

また『未然紀』には、記載内容の解説までもが記載されています。解説にはこの『未然紀』を献上した人物は、山背大兄皇子で聖徳太子の息子と記述されています。
予言の内容としては、『未然紀』には1000年間の622年から1621年までの予言が載っており聖徳太子の死後に記されたものです。さらに重要な点として1000年間の予言だけでなくそれよりも先の未来の出来事も内容の中に含んで記載されているという点です。

その中には、藤原家は衰退し源氏がそれに取って代わることを「藤花は散廃し源葉は三台に登る」と予言していたのです。これ以外にも的中している内容は多いのです。
未然紀の内容を読んだ鎌倉時代から南北朝時代までの間に活躍した武将の楠木正成が、あまりに予言が当たっているので驚いたと言われています。
太平記に記された内容では四天王寺で未来記を見た楠木正成が、予言の中に楠正成率いる軍勢が鎌倉幕府を倒すと示唆する記述があることをみたのです。そして楠正成は、醍醐天皇が復帰するという記述を見て己の天命を悟ったとされ、歴史的にもそのようになりました。

編集部
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