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国津神と天津神とは?日本神話に登場する神々の分類を解説

古事記,真福寺
真福寺収蔵の国宝「古事記」(写本)
日本神道

国津神と天津神とは?

古事記,八百万の神,屋久島

八百万の神の森「屋久島」

古代の日本人はすべてのものに魂がこもっているとの考えの元、八百万と称されるほど、多くの神々を創造し崇めていました。

最古の歴史書である古事記では、天と地という概念の元に、神々を二派に分類したのです。これが天津神(あまつかみ)、国津神(くにつかみ)です。今回はこの二派に的を絞って、ご紹介していきましょう。

国津神は地にあらわれた神々の総称

国津神,お供え

ミケミキクサグサノタメツモノ(白山神社お供え)

国津神は、大まかに分ければ、3つに分類されます。葦原中国(あしはらのなかつくに)土着の神元は天津神で後に国津神になった敵視されていたです。

ちなみに、当時は天上には高天原(たかまがはら)という神々の住まい地上には、葦原中国(あしはらのなかつくに)という人間の住まい地下には黄泉国(よみのくに)という幽冥界の住まいがあると信じられておりました。

国津神とは、人を神格化したという説もあります。当時の政治支配をしていた長の中でも優秀な人物が、宗教的指導者となり尊敬を集め、神のように崇められるようになったというものです。

神代の3つの国

  • 高天原(たかまがはら)
  • 葦原中国(あしはらのなかつくに)
  • 黄泉の国(よみのくに)

天津神は高天原にいる神々の総称

天津神,天照大神

天岩戸神社と天安河原

天津神も大まかに分けて、3つに分類されます。まず、独神(ヒトリガミ)とよばれるアメノミナカヌシを中心とした3柱、その後生まれ出でた神代七世(カミヨナナヨ)高天原出身の氏族の祖先となる神々を指します。

独神とは、宇宙に最初に誕生した神です。宇宙の混沌の中で、高天原のリーダーとなりました。日本のみならず、世界を創造した神でもあります。

神代七世とは、抽象的であった神が男女に分かれ、異性として意識しあい、最終的には夫婦となる過程をさします。そのため、神々も男女で一対として数えます。

氏族とは、血縁、非血縁にかかわらず、同族意識をもった集団をさします。彼らの祖先の神が、天津神であったというものです。

国津神と天津神は対立している

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国譲り

古事記においては、国津神と天津神は対立の構図として記されています。国津神と天津神の軋轢はアマテラスとスサノオの対立からはじまります。スサノオが高天原で騒ぎを起こし追放になった後、スサノオは国津神となり、葦原中国を平定します。そしてその子孫、大国主(オオクニヌシノミコト)の時代には国作りを完成させます。

しかし、突如としてアマテラスが、「地は我が子が治める場所」と言いはじめ、高天原からアメノホヒという使者を送ります。アメノホヒはオオクニヌシに操られ、3年たっても思いを遂げることはできませんでした。その後、2度目の使者までは用をなさず、3度目の使者である、タケミカヅチがオオクニヌシに「国譲り」を迫りました。

オオクニヌシは二人の息子に判断を任せたいと、タケミカヅチに伝えます。息子のコトシロヌシは同意しましたが、もう一人の息子タケミカナタは「力くらべをして、勝利したならば国譲りをしても良い」と答えました。

結果的にはタケミカナタが負けて、国譲りをすることに同意します。大国主は、国譲りの見返りとして、「出雲の国の多藝志(たぎし)の小濱に宮殿を作ってほしい」と嘆願します。この跡地が、現在の出雲大社の場所であると伝えられています。

タケミカヅチは国譲りの使命を成し終えて、高天原に戻ります。その後、天孫降臨が行われ、天と地を統一した神々の統治がはじまることになります。

編集部
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