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三十六不動霊場とは?不動明王を祀る三十六箇所の霊場の総称を解説

三十六不動霊場とは?不動明王を祀る三十六箇所の霊場の総称を解説

『三十六不動霊場』とは三十六カ所の寺院が所蔵する不動明王を巡礼していく「お不動さま」巡りです。不動尊信仰は平安時代から長きにわたって日本人の生活になじみ、親しまれてきました。ここでは全国に広がった三十六不動霊場の内、関東、近畿、四国の3カ所を紹介します。

    三十六不動霊場とは?

    不動信仰

    不動信仰

    「不動明王(ふどうみょうおう)」の名前を御存じでしょうか。炎を背負い、満面怒りの表情をたたえた強面(こわもて)の仏様といえばおわかりですね。三十六不動霊場というのは、この不動明王を祀っている三十六カ所の霊場を札所としたもの、そしてこれらの霊場を巡礼するとはつまり不動巡りなのです。

    一見人を寄せ付けない風貌の不動明王ですが、古くから「お不動さま」「お不動さん」と慕われてきました。慈母にたとえられる観音さまや子供の幸運を祈ってくれるお地蔵さまと甲乙つけがたい人気があったのはなぜでしょう。人々にとって不動明王は悪霊や邪気を払ってくれる頼もしい守護神であったのです。

    三十六不動霊場は、昭和54(1979)年に発足した近畿三十六不動尊霊場を皮切りに日本全国に広がっていきました。北海道三十六不動尊霊場、東北三十六不動尊霊場、北関東、関東、東海、近畿、四国、九州。さらに、会津五色不動尊霊場や武相不動尊霊場、北陸不動尊霊場、三河三不動霊場のブロックも結成されました。その中には四国八十八か所の弘法大師霊場と重複するなど、複数の巡礼霊場に含まれている札所もあります。

    【不動信仰について】

    不動明王(不動尊)の名前はサンスクリット(梵)語の「アシャラナータ(不動の守護者)」から来ました。インド山岳系の神やヒンドゥー教のシヴァ神などを仏教に取り入れたものといわれます。「アシャラ」は山を意味し、不動尊の山の守護神らしい存在感はその名にも表れています。

    さて、最高の仏である大日如来は、堕落して仏の道に従わない者をどうやって救えるだろうかと考えました。菩薩のように慈愛で接するだけでは効果がありません。そこで、人々を恐ろしい姿で目覚めさせることを期待しました。大日如来からの仕事(教令輪身・きょうりょうりんじん)に就いた不動明王は、戦闘モードで登場します。

    怒りを満面にした忿怒(ふんぬ)の顔、煩悩を焼きつくす背中の火炎、逆立てた髪、怒りや無知を切り裂く右手の剣、そして密教の真理を凝縮した明呪(みょうじゅ)や真言などの呪文、これらで悪魔を降伏させます。

    もともと不動明王は大日如来の使いをするため、それまではフットワークの軽い童子の姿、怒りの表情も控えめにしていましたが、仏の道に従わない人々を教化するには恐ろしい外見が必要です。その結果、忿怒相(ふんぬぎょう:激しい怒りの表情)があらわになったのです。なお、不動尊には補佐をする従者(サンスクリットで従僕を示すキンカラ、チェータカ)がいますが、本人が童子であったので従者も子供の姿で登場しています。

    不動明王は戦うばかりではありません。六道を輪廻する人々を憂えた額のしわ、わが子のように人々を愛する父性を示した一本の弁髪(べんぱつ)、救いから逃れる者を引き寄せる左手の羂索(けんさく)、これらには不動明王の慈悲深い内面がはっきりと現れています。不動明王は悟りを開いた仏で五大明王の中心となる存在でもありましたが、青黒い身体の色や七つに結んで垂れた髪、身にまとう衣も古代インドでは奴隷の姿そのものでした。人々のためにどんな労働でも引き受けるという意志を示していたのです。

    密教において大日如来は絶対的存在です。仏は真理であるから自性輪身(じしょうりんしん:本来の姿)、菩薩は正しい教えで人々を救おうとする正法輪身(しょうぼうりんしん:菩薩の姿)、教えを聞き入れない人々や教えの邪魔をする悪をこらしめる明王は教令輪身(きょうりょうりんしん:忿怒尊の姿)と呼び分けています。不動明王の怒りには、人々を救いたい、守りたいという深い慈愛があります。人々が不動尊を慕い信仰する根本的理由です。

    不動明王の功徳

    波切り不動は唐からの帰路、弘法大師を荒波の危難から守りました。道の往来を加護してくれる不動がすでに存在していました。平安時代、不動尊は国を守る厄難除災や病気平癒を祈願する仏として、武士の時代には戦いの神、修験道の山伏などには山の守護神として信仰されていきます。

    時代が下り、信者の拡大とともに、「身代わり不動」のような身を捨てて守ってくれる献身的存在への要求が高まります。観音や地蔵にも同様の言い伝えが増え、現世利益が求められたのです。不動尊には開運、願望成就、家内安全、商売繁盛などさまざま利益が期待されていきます。当然ながら、霊験あらたかと評判になったお不動は人々の信仰を集めました。

    縁日とご利益

    神仏を祀る寺院では神仏との縁にあずかれる日を縁日として特定の日に(観世音菩薩は18日、地蔵菩薩は24日というように)定めています。毎月28日は不動明王の縁日です。この日に寺院を訪ねるとご利益も特別になります。1月28日はその年の最初ですから、特別に初不動と呼ばれています。寺院でも護摩炊きなどの行事を行います。

    いまでも「願掛け」をする人はいるでしょうか。願い事が叶うようにと神仏に祈るのですが、お願いするだけでなくて願いが叶うまで好物を口にしないもの断ち(茶断ち、酒断ち、塩断ち、菓子断ち、禁煙)をしたものです。この場合の神仏がだれのことなのか、そう明確に意識していなくても、お不動に誓うという意識をもつ人は多かったのです。

    現代は戦前や昭和の時代に比べ、日常生活での神仏の存在はうすれています。それでも、不動尊は厄年の厄払いや護摩焚き、縁日、そして三十六不動尊霊場巡礼を通して親しまれているのです。

    護摩祈願

    成田山によると「御護摩はお不動さまを本尊としその前に壇を設け、護摩木という特別な薪をたいて諸願の成就を祈る真言密教の修法。護摩の火はお不動さまの智慧を象徴し薪は煩悩を表す。護摩の祈祷を通じてむさぼり、いかり、おろかさという心の迷いをお不動さまの智慧の炎で焼きつくし願望を清め、すみやかな成就を祈念する」

    寺院が一般に公開して行う護摩祈祷は護摩木に願いを込めて焚いた火に投げ入れる行事です。参加できる場合でも時間が限定されていたり、費用がかかったりすることもあるので寺院に確認が必要です。

    火渡りは、外で行う柴燈護摩(さいとうごま)の残り火を使用する修験者の行事です。ご真言などのお経をあげながら、はだしで護摩壇の上を歩くというものです。不動尊との一体感を感じられる儀式です。

    霊場を巡拝する

    日本では霊場を巡礼する歴史は平安時代と古く、またさまざまな巡礼霊場があります。江戸時代でも物見遊山で出かけた人が多かったのですから、巡礼に向かう動機は敬虔な信仰心に限定されません。巡礼先の土地や文化への関心、日常からの解放、再出発をこめた旅などなど。

    三十六不動霊場の場合、四国霊場巡りや西国の観音霊場詣でなどと比較すると、始まりも終わりも、参拝順路も自分で決められます。ただお不動さまを巡る心構えだけ求められています。

    寺院や不動明王を巡拝すると決めたとき、未知の世界に触れる、知的好奇心を満たすという点で、たとえ美術展や仏像展を訪ねる感覚と変わらないにしても、新たな扉が開かれているのですね。

    編集部

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