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2020年の文化の日はいつ?文化の日の意味や由来、明治天皇との関係についても解説

2020年の文化の日はいつ?文化の日の意味や由来、明治天皇との関係についても解説

国民の祝日「文化の日」は「自由と平和を愛し、文化をすすめる日」とされています。11月3日のこの日は本来、明治天皇の誕生日として祝日に制定された明治節でした。文化の日ができた理由やその経緯、明治節との関係について解説します。

Pyson5725
ライター

Pyson5725

記事の目次

  1. 1.国民の祝日・文化の日とは?
  2. 2.文化の日はなぜできた?制定の意味・由来とは?
  3. 3.文化の日はいつからあるのか
  4. 4.文化の日は明治天皇の誕生日
  5. 5.まとめ

文化の日はいつからあるのか

文化の日制定まで

文化の日は、戦後3年目の1948年(昭和23年)に制定されました。

文化の日制定の経緯とは

文化の日制定の経緯については、日本政府の11月3日へのこだわりがありました。明治節であるこの日を、なんとか祝日に残すために一計を案じます。それが日本国憲法の公布でした。

初めは公布日を11月1日と決めますが、その後、施行日が5月1日(国際的な労働者の祭典・メーデー)に重なるため11月3日に変更しました。さらに、11月3日を憲法記念日にしようと図りますが、GHQに反対されます。

文化の日は明治天皇の誕生日

明治天皇の誕生日だった

文化の日となった11月3日は明治天皇の誕生日でした。戦後に廃止されたこの日を祝日として残すため、日本政府はGHQを相手に粘り腰を見せます。明治天皇の誕生日だからこそ、そこまでのこだわりを見せたのです。

「明治節」とは

文化の日となった11月3日は戦前「明治節」という祝日でした。明治天皇の誕生日に相当する日を祝日として制定していたのです。明治天皇は日本を近代国家へと発展させ、日清・日露戦争などの国難をしのぐことで国際的地位も高めました。同時代の日本人にとっては畏敬する存在であり、怒涛の時代を象徴する存在でもありました。

この「明治節」は、1912(明治45)年までは「天長節」とされていました。明治天皇が崩御すると、明治神宮が創建(大正9年)されます。その後、国民2万人の請願が集まり、11月3日の明治節が誕生します。新年節、紀元節、天長節とともに四大節(したいせつ)の一つとして祝賀式を行い、小学校では紅白のお饅頭が配られました。

明治天皇をお祀りする明治神宮では現在、11月3日をどう迎えているのでしょう。この日は秋の大祭が開催されます。天皇の勅使も臨席し、1~3日には流鏑馬、古武道大会、舞楽、能・狂言、薩摩琵琶を奉納し、菊花や全国特産物を展示します。文化の日の明治神宮は、日本文化の粋に触れられる日でもあるのです。

天皇誕生日の変遷と「昭和の日」

文化の日は明治天皇の誕生日でしたが、昭和天皇の誕生日は4月29日で崩御後は「みどりの日」という祝日に変わりました。さらに近年、本来の祝日の意味に戻して「激動の昭和を見つめなおす日」にしては、との声が高まり、現在は「昭和の日」となりました。

11月3日についても、明治時代の歴史的記憶を後世に伝えるためとして「明治の日」の制定を求める活動があります。

天皇誕生日の変遷

  • 明治天皇誕生日:11月3日  天長節  →  明治節  →  文化の日
  • 昭和天皇誕生日:4月29日  天皇誕生日 → みどりの日 → 昭和の日

まとめ

文化の日などが制定された背景として、戦後の占領時代に天長節や紀元節が廃止され、新たな祝日が制定されたことがあります。中でも、文化の日が成立した経緯には、日本政府とGHQとのせめぎあいがありました。先人が文化の日にこめた思いを知ることは、日本の未来について考える一助となるかもしれません。

20代女性

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ここまで読んでいただきありがとうございました。国民の祝日について関心がある方は、他の記事もご覧になってくださいね。

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