>> 【PR】当たる占いランキング第一位!カリスの電話占いはこちら! <<

千日回峰行について知ろう。死者も出るこの世で最も厳しい荒行について解説します

千日回峰行について知ろう。死者も出るこの世で最も厳しい荒行について解説します

比叡山延暦寺に伝わる修行、千日回峰行をご存知でしょうか。1000日間かけて4万キロを歩くというこの修行は、この世で最も厳しいものとされ、その過酷さから命を落とした行者もいるほど。この記事では千日回峰行の内容と、その満行者について解説していきます。

    この世で最も厳しい荒行・千日回峰行とは?

    千日回峰行の祖、相応和尚像[画像:Wikipedia]

    千日回峰行の祖、相応和尚像[画像:Wikipedia]

    千日回峰行(せんにちかいほうぎょう)」とは、滋賀県にある比叡山延暦寺に伝わる天台宗の回峰行の1つです。平安時代に天台宗の僧である相応和尚が始めたとされ、「百日回峰行」を終えた者の中から、さらに選ばれた者だけが許される行となっています。

    比叡山延暦寺の修行は厳しいことで有名ですが、中でもこの千日回峰行はこの世で最も厳しい荒行とされ、そのあまりの過酷さから死者も出ると言われています。

    不動明王と一体になるための修行

    無動寺明王堂[画像:Wikipedia]

    無動寺明王堂[画像:Wikipedia]

    千日回峰行は文字通り1000日間かけて行われる修行ですが、中でも鬼門と言われているのが700日目から行う「堂入り」です。堂入りは不動明王と一体になるための修行で、満了した行者は生身の不動明王とも言われる「當行満阿闍梨(とうぎょうまんあじゃり)」となります。

    修行中に命を落とした行者も存在する堂入りは、まさに死と隣り合わせの難行です。その内容については、のちほど詳しく説明します。

    千日回峰行の内容

    修行僧
    Photo by Siegfy

    それでは、千日回峰行のその驚くべき内容について、詳しく解説していきましょう。

    7年かけて4万キロを歩く

    千日回峰行は、7年かけて1000日間歩き続けるという修行です。

    最初の3年間は1日30キロを歩き、定められた比叡山山中の260箇所以上の霊場を参拝して回るという行程を、毎年100日間行じます。次の2年間は、同じく1日30キロを200日間。ここまでの5年間で通算700日の修行を行うことになります。

    700日間の修行を終えた後に始まるのが、千日回峰行の中で最大の難関である堂入りです。これを終えることができなければ、次の段階に進むことはできません。

    無事に堂入りが終わり6年目に入ると、はじめの5年間の行程にさらに30キロの道のりが加わり、1日約60キロの道のりを100日間行じます。7年目は200日間で、前半の100日間は比叡山山中に加えて京都市内の霊場を巡礼します。その全行程は84キロにも及ぶのだとか。残りの100日間は、はじめに行った比叡山山中の30キロをめぐり、ようやく満行となります。

    7年かけて歩く距離は、なんと4万キロ。地球一周分を歩くことになるのです。

    白装束と短刀を携えて死を覚悟する

    行者の服装[画像:Wikipedia]

    行者の服装[画像:Wikipedia]

    千日回峰行を行う際、頭には未開の蓮華の形を模した笠をかぶり、わらじを履き、白装束をまといます。その姿は生身の不動明王を表したもの、また行を中断するときは自害しなければならないことから、死装束とも言われています。

    千日回峰行の行者は、行を半ばにして挫折するときは自ら命を絶つという決意で臨まなければならないのです。そのため、首をくくる死出紐と呼ばれる麻縄と、両刃の短刀、そして埋葬料の10万円を常に持ち歩いています。

    ひとたび修行を始めれば途中で投げ出すことは許されず、万が一途中で行を続けられないと判断したときは、携行している短刀で自ら腹を切らなければなりません。

    堂入り・四無行

    千日回峰行の最初の3年間を終えると、9日間の堂入りに入ります。堂入りとは、比叡山中の明王堂にこもり、9日の間「断食、断水、不眠、不臥(食事をとらない、水を飲まない、睡眠をとらない、横にならない)」の四無行に入るという千日回峰行の中でも最大の難行です。

    さらに深夜2時に堂を出て、片道50メートルほど先にある閼伽(あか)井戸で閼伽水を汲み、堂内の不動明王に供えるという動作を毎晩繰り返さなければなりません。それ以外の時間は、不動明王真言を10万回唱え続けます。

    先述したように堂入りは不動明王と一体になるための修行で、満行した行者は當行満阿闍梨となり、不動明王の化身として人々から崇められるようになります。

    通常、人間が断食・断水で生きられる限界は3日間とされています。このことから考えても、堂入りは信じられないほどの苦行であると言えるでしょう。

    千日回峰行を満行すると

    僧
    Photo by hans-johnson

    堂入りを終えると千日回峰行を満行したと思われがちですが、そうではありません。堂入りの後に残りの2年間を満了して、ようやく千日回峰行を満行したことになるのです。千日回峰行を満行した行者は「北嶺大行満大阿闍梨(ほくれいだいぎょうまんだいあじゃり)」と呼ばれます。

    また、1000日間歩き続けると言われていますが実際に歩くのは975日であり、残りの25日は一生をかけて修行しなさいという意味が込められています。千日回峰行を満行して悟りを得るのではなく、生涯をかけて悟りに近づくために行う修行なのです。

    生き仏となり、土足で宮中に入れる

    土足で京都御所に入れる
    Photo by Kyoto-Picture

    千日回峰行を満行した者は生き仏となり、京都御所に土足で参内して加持祈祷を行うことができるようになります。京都御所は本来土足厳禁ですが、千日回峰行の満行者のみ土足参拝を行うことが許されるのです。

    千日回峰行の満行者

    困難を極める千日回峰行ですが、2019年現在その成功者は51人となっています。さらに戦後から数えると、たったの14人。

    その中から、3名の阿闍梨をご紹介します。

    酒井雄哉阿闍梨

    酒井雄哉阿闍梨は1973年より千日回峰行を開始し、1980年10月に満行しました。

    しかし半年後、なんと酒井雄哉阿闍梨は再び千日回峰行に入ったのです。そして1987年、60歳という最高齢で二度目の千日回峰行を満行しました。二千日回峰行を達成した者は、1300年を超える回峰行の歴史の中でも3人しか存在しません。

    塩沼亮潤阿闍梨

    塩沼亮潤阿闍梨は1991年から千日回峰行に入り、1999年に満行しました。

    さらに2006年には、八千枚大護摩供(はっせんまいだいごまく)を満行します。八千枚大護摩供とは、100日間五穀(米、大麦、小麦、小豆、大豆)と塩を断つ前行の後に、24時間断食、断水、不眠、不臥で八千枚の護摩を焚き続けるという修行です。

    2019年現在は宮城県仙台市の秋保に慈眼寺を建立し、住職をされています。毎月第1・第3日曜日の13時からは塩沼亮潤阿闍梨による法話が行われているそうなので、気になる方は足を運んでみてはいかがでしょうか。

    釜堀浩元阿闍梨

    釜堀浩元阿闍梨は2011年に千日回峰行に入り、2017年に満行、北嶺大行満大阿闍梨となりました。2019年現在では直近の成功者であり、満行の際にはニュースでも大きく取り上げられたため、印象に残っている方も多くいるのではないでしょうか。

    2018年、師匠の「叡南」の姓を継ぎ叡南浩元阿闍梨となりました。

    延暦寺では、千日回峰行で実際に行者が巡るルートを体験できる「一日回峰行」を開催しています。延暦寺の僧侶の先導の元、千日回峰行の行者が体験した比叡山の自然やエネルギーを実際に感じることができます。気になる方は公式ホームページをチェックしてみてください。

    アマテラスチャンネル編集部

    アマテラスチャンネル編集部

    こちらでは永平寺の修行についても解説しています。

    あなたが不幸なのはご先祖様のせいかもしれません。

    友だち追加

    記事を評価する

    評価 5.0 / 5(合計3人評価)

    関連記事

    人気の記事