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三毒の煩悩【貪瞋痴】とは?仏教における三毒について解説します

三毒の煩悩【貪瞋痴】とは?仏教における三毒について解説します

貪瞋痴(とんじんち)は三毒と呼ばれ、人間が抱える108つの煩悩のうち最も恐ろしい3つの煩悩のことです。貪瞋痴は日常生活の様々な場面で私達を悩ませ、囚われると人生を破滅させることさえあります。本記事では三毒の詳しい意味や、仏教における捉え方について解説します。

    三毒とは人間が自然に持ってしまう感情である

    モノクロの大仏
    Photo by gminguzzi

    貪瞋痴を全く持っていないという人は恐らくいないでしょう。それだけ三毒は人間にとって当然のように湧いてくるものなのです。

    というのも、仏教では煩悩具足という概念があり、人間は煩悩で出来ていると考えられているのです。つまり人間は100%煩悩で出来ており、煩悩を消し去るということは即ち人間ではなくなるということを意味します。

    仏教僧は煩悩を消すための厳しい修行をしますが、煩悩を消そうとすればするほど自らの中に煩悩が強く湧き上がってくるのを自覚させられるのです。

    三毒を消すことは可能?

    瞑想する仏教僧
    Photo bysasint

    人間は煩悩具足であり、人間から煩悩を取ったら何も残らないと考えられています。これは人間でいる限り煩悩を消すのは不可能であるということを意味します。

    しかし煩悩を消せないのなら苦しみから解放されることもないのかと嘆くことはありません。煩悩を消せなかったとしても抑制することで上手に付き合うことが出来れば、仏教で説かれる究極の幸せの境地に辿り着けると考えられています。

    そもそも人間が煩悩を抱えて苦しんでいるからこそ世の真理を悟ることを求めるのであり、世の真理を理解するからこそ煩悩を理解することが出来るのです。そういう意味で人間にとって煩悩は意味のある存在だと言えます。

    まとめ

    本記事では仏教で最も恐れらている煩悩・三毒について解説しました。原始仏教では煩悩を滅することが主題とされていましたが、時代が進むにつれ煩悩と人間は切っても切れない関係にあると考えられるようになりました。

    煩悩を消せないから一生不幸なのではなく、それを抑制し、正しく付き合うことで幸せの境地に辿り着けると考えることが大切なのです。

    道吾禅師

    道吾禅師

    最後までご覧くださり、ありがとうございました。このほか、仏教に関する事が知りたい人は下記を参照ください。

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