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幸運をつかむ才能を意味する セレンディピティを身につける

幸運をつかむ才能を意味する セレンディピティを身につける

セレンディピティ(Serendipity)――これは偶然の発見のことです。 1754年、文筆家ホリス・ウォルポール氏が「セレンディップの三人の王子」というおとぎ話において用いていたもの、つまり造語です。 意外な出来事の中から幸運を見つけていく主人公――転じて、ふとした偶然から幸せをつかむことを指します。 例えば歴史から

    記事の目次

    1. 1.セレンディピティの意味は?
    2. 2.セレンディピティは誰にでも訪れるが、誰もが気付けるものではない
    3. 3. セレンディピティを磨く秘訣
    4. 4. セレンディピティはバランスである
    5. 5. セレンディピティを鍛える・触れる方法 「受容・好奇心・行動」
    6. 6. セレンディピティを鍛える・出会える方法 「判断力」     幸運やチャンスというものは、残念ながらいつまでも身近に居座ってくれるわけではないですし、ずっと後ろからついて来てくれているわけでもありません。   その瞬間を見逃さないこと   これが大切です。 「これはセレンディピティ(幸運)なんだ」 とその瞬間に気付くことです。   ではどうやったら、その瞬間、セレンディピティに気付けることができるのでしょうか。   判断力を研ぎ澄ます 一瞬のセレンディピティに気付くには、判断力が必要です。   これだというものにタイミング良く目を向け、幸せと「判断」し、瞬発的に強い意識を向けること、   です。   道端に咲いている花におもむろに目を向け、さらにその花を強く意識し、顔を逸らす前に「綺麗だな」と思う、今心が和んだなと感じる、この一連の流れです   (adsbygoogle = window.adsbygoogle || []).push({}); ≪ 前のページへ 次のページへ ≫

    セレンディピティは誰にでも訪れるが、誰もが気付けるものではない

    幸運の訪れに気づける人になる

    幸運の訪れに気づける人になる

    素敵な偶然、予想外の輝かしい発見、探しているものとは別の価値があるものをたまたま見つける――こうして書くとセレンディピティは「棚からぼたもち」的なもの、「神様からのプレゼント」的なものを連想しがちですが、決してそういうことではなく、主に生き方・習慣から反映される幸運です。

     

    つまりセレンディピティは「偶然」という現象の意味の他に、その偶然を導く「力」、言い方を変えるならば、「目の付け所」も指しています。

     

    偶然を導く力。意識して見つけるチャンス・幸運――芥川龍之介はこう語っています。

    芥川龍之介

    「運命は偶然よりも必然である。

    “運命は性格の中にある”という言葉はけっして等閑(とうかん)に生まれたものではない」

    (等閑→なおざり。つまりいい加減な発言ではない、ということ)

     

     

    つまり、この言葉を紐解くのならば、

    「運が正面から来ないのなら、後ろを振り返る習慣が必要」ということであり、それは力であり、生き方であり、目の付け所であり、心構えであり、細かく言えば行動であり言動によって運命は変えられ、幸運は引き寄せられる、成功できる、と訴えているということです。

     

    「何で片意地を張ってしまったんだろう」「もう一度あの場面に戻れたら」

    とそんな後悔を心の隅にいくつか抱いていたとしても、残念ながら過去に戻ることはできません。

    今できること――それはセレンディピティの能力を磨き、自身を改善し、今度こそ幸運を逃がさないことが重要なのです。

     

     セレンディピティを磨く秘訣

     

    「偶然はあくまで偶然であり、発見するものではない。掘り出すなんてそれは不自然だ。たまたまも同様。つまり意識して見つけることなどできない」

    と大半の人がそう答えると思います。

     

    確かに小説において作者がストーリーの関係上、「偶然」を何度も繰り返せば、「ご都合主義」とされ、批判されます。

    「そんな展開があるわけがない」と。

    ですが、現実は小説より奇なりという言葉があるように、小説では違和感を抱いたとしても、「人生」においては、「そんなまさか」という展開が実際に起こり、違和感は抱きません。

     

    『いつもはバスを使用して駅まで向かうのだが、“何となく”歩いていこうと思い立って家を出た。そしてその途中、“たまたま”ヒールの片方の調子が悪く、立ち止まってズレを直そうとしたところ、“見るともなしに見た”歩道脇の小さな黄色い花を“偶然”見つけ、普段のバス通勤では気付かないものに触れ、心が和み、“意味もなく”今日も頑張ろうとそう思った』

     

    これはもちろんご都合主義でもなく、虚言でもなく、真実の展開、すなわちあり得ることです。

    セレンディピティの能力を磨くということ、それは良い意味での「そんなまさか」が訪れる環境を意識して作ること、身体を向けること、そして確実に見つける自分になることなのです。

     

    偶然の幸運

    偶然の幸運

    これからセレンディピティの能力を開花、活性化させる様々な方法を紹介していきますが、先ずは、

    セレンディピティなんてあるわけない

    という考え、価値観、世界観、いわゆる偏見とも呼べるものを捨ててください。

     

    先ずはここからです。

    なぜならその偏見があるうちは、後ろを振り返ることも、ふとしたきっかけ(実は人生の分岐点というべきもの)に気付くことも絶対にできないからです。

     

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