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「陰徳」とは?陰徳を積む方法や「陽徳」との違いについて解説します

「陰徳」とは?陰徳を積む方法や「陽徳」との違いについて解説します

「陰徳」とは、人に知られず、見返りを期待しない善行を積むことです。陰徳を積む方法には、ゴミ拾いや掃除などがあります。似た言葉に陽徳という言葉がありますが全く性質が異なります。

    龍神のアマちゃん

    龍神のアマちゃん

    陰徳を積むと、ええことがあるで~♪

    陰徳を積む行為は、世の中の成功者の多くが知らず知らずのうちに実践している習慣でもあります。

    今までに、何かをしようと思ってもどうしても成功に至らない、いつも運が悪い気がしているのは、あなたが陰徳を積んでいないからかもしれません
    人生で成功するためにも、ぜひ陰徳を積む方法を知ってみて下さい。

    「陰徳」とは?

    「陰徳」とは、人知れず行っている善行のことを指します。

    人に知られることなく、善い行いをするから陰徳になるので、自慢げに善行を語ってしまうと陰徳とは呼べません。

    陰徳を積むためには、道具も要りませんし、特別な場所も必要ありません。陰徳を積むのに必要となるのは、徳を積もうという心だけです。

    陰徳が積まれたことを実感するためには、心から納得して、人のために動こうという心のあり方がなくてはいけません。陰徳を積もうと思ったら、本当にその行為が人のためになっているのかを、常に自問自答する必要があります。

    徳を積む意味

    金龍の͡コガネ丸

    金龍の͡コガネ丸

    徳を積むことを、ゲームのように考えると毎日楽しくなりますよ

    「徳を積む」という行為は、決して宗教めいた行動ではありません。

    人間は「嘘をつく」「意地悪な言動をする」「ごみをポイ捨てする」「自分だけが楽をしたり良い思いをする」などの悪行が付いて回ります。一見関係ないように見えますが、悪い行いは善行の反対で、その人の運気なども下げてしまうんですね。
    もし今自分がついていないとしたら、過去の悪い行いが邪魔をしているのかもしれません。過去の悪い行いをない物にしてくれるのが、陰徳に始まる善行というわけですね。

    陰徳を積むと言う行為は、行った人だけではなく、周りの人にも幸せを配る行為でもあります。
    陰徳を積むことで、自分の運気を上げ、周りの人も幸せに出来るなら、陰徳を積まないのは大変もったいないと感じるでしょう。
    何度も言いますが、陰徳を積む行為は難しいことではありません。「人のために行う」この心があれば、誰にでも出来ることなんです。ただ、陰徳は目に見えないものなので、どれだけ自分が陰徳を積んだのかを見ることは出来ません。
    でも、私達が生まれてこれた確率と言うのは、かなり低確率です。

    両親がどんなに望んでも、生まれてこない赤ちゃんは沢山いるんです。自分が生まれたというのには、ですから理由があるんです。陰徳を積む行為は、そんな一度きりのチャンスを棒に振らないための正しい行いとも言えます。陰徳を積んで、同じように生まれた他の人を幸せに出来るなんて幸せなことですよね。

    陰徳と陽徳の違い

    陰徳と陽徳の違い

    みずほ銀行や明治安田生命の基礎を築いた銀行王・安田善次郎は、人知れず陰徳を積んでいた。

    徳を積むと言う行為には、大きく分けて「陰徳」と「陽徳」の二種類があります。

    両者の違いを簡単に分けると、「人に見られる所で行いをするかどうか」の違いです。

    陰徳が、人に知られず善行をすることに対し、陽徳は人に見られながら善行をします。

    最近では、zozoタウンの前澤社長がツイッターをリツイートした人にネット上で一億円をバラまくという行為が話題になりましたが、あれなどは典型的な陽徳と言えるでしょう。

    陽徳の特徴

    龍神のアマちゃん

    龍神のアマちゃん

    陽徳でも徳を積むことはええことなんやで、けどな、陰徳を積んだものにしか味わえない心の幸福感があるんや

    陰徳も陽徳も、基本的にはどちらも善行なので、一見同じように思えますが、両者には決定的な違いがあります。

    それは、陽徳の方は見返りを求めてしまうというところです。

    陽徳は、善行をするので、自分自身も良い事をした満足感を得られますし、人からも褒められるので気分が良いものです。

    ただ、陽徳の場合は、運気が上がったとしても、その人の一代限りにしか幸運を得ることは出来ません。

    もし自分に子供や孫がいたとしても、幸運は自分だけに返ってくるので、運気を継がせることは出来ないと考えられています。

    見返りといっても、物質的なものではなく、相手から褒められるというだけですが、それでも見返りは見返りです。見返りを求める行為は、善行をしたとしても、スピリチュアルな効果は半減します。

     

    陰徳の特徴

    では、陰徳はと言いますと、これは見返りを求めることはありません。
    人知れず善行を積むのですから、自分自身が満足出来たとしても、他人に褒められることはありません。他人に褒められるという見返りがないわけですから、陽徳よりも陰徳を積む方が、もっと言えば陰徳を積む行為を続けることは難しいんです。

    何も周りから反応がない状態で、徳を積むという行為は、誰でもが続けられる行為ではありません。
    ですが、徳を本当に積みたいのでしたら、やはり見返りを期待しない陰徳の方が運気などは上がると言えます。他人から褒められることがない陰徳は、だからかもしれないですが、自分の子供や孫の代まで、その運気は引き継がれると言います。

    良くお店などの二代目の店主が店をつぶしてしまうという事を聞きますよね?
    これは、二代目が一代目の苦労を知らず、ボンボンで甘やかされているからと言われていますが、もしかしたらこれも陰徳が関係しているのかもしれません。
    一代目が陽徳しか積まず、陰徳を積んでいないからこそ、息子の代にまで運気が引き継がれなかったと考える事も出来るんですね。

    誰にも知られずに、善行を続けると言うのは孤独な作業です。
    でもだからこそ、本当の善行になり、子供や孫の代までその徳が引き継がれるということなんですね。

    龍神のアマちゃん

    龍神のアマちゃん

    「積善の家には余慶あり」っちゅうねんで~

    陰徳を積む方法とは?

    Photo byGingerQuip

    では、陰徳を積む方法には、一体どんなものがあるのでしょう?
    具体的な陰徳の積み方が分かれば、その人自身の生き方も変わるでしょうし、陰徳の意味もわかるようになるでしょう。陰徳を積む方法は、実は沢山あります。それも誰でもが一度は経験したことがあるような日常的な行為です。

    陰徳を積むなら、一番大事なのは普通にすること、もっと言えば当たり前にすることです。私利私欲のままに積んだ善行は、陰徳とは呼べません。わざと人前でやってみたくなるでしょうし、人前でやると言う事は見返りを求めてしまっていることでもあります。問題は何年も陰徳を続けられるかどうかです。
    陰徳をしっかりと積める人は、どんな方法でもどんなやり方でも、それを善行として当たり前のように行う人です。

    毎日陰徳を積んでいるような人は、もうその善行が当たり前の習慣になっています。
    純粋に私利私欲を考えないで続ける陰徳は、天から運気を授けてもらえるようになります。心のあり方が、陰徳を積む上で一番大切なことと言えるかもしれませんね。

     

    ゴミ拾いをする

    ゴミ拾いをする

    ゴミ拾いをする

    陰徳を積むなら、もっとも簡単な方法はゴミ拾いをすることです。
    例えば、近所で人知れずゴミ拾いをしている人を見かけたことはありませんか?
    ゴミ拾いの専門家でもなく、ゴミ収集の仕事を受け持っているわけでもないのに、その人達は黙々とゴミ拾いを続けています。

    もちろん、周りにはそれを褒めてくれる人もいませんし、周りから見ても当たり前の行動のようにごく自然に映ります。
    それこそが、陰徳と言う訳なんですね。
    実は、陰徳を極める人の多くは、お坊さんなどではなく、ごくごく普通の一般の人なんです。
    ゴミ拾いをしている人の傍で、わざとゴミを捨てて行く人も中にはいます。

    でも陰徳を積んでいる方は、それに対して怒ったりはしません。
    もし陰徳を積んでいないで、どこかの職員などがゴミ拾いをしていたら、ゴミを捨てられたら烈火の如く怒るでしょう。
    でも、陰徳を積んでいる方は、当たり前のようにゴミ拾いを続けます。
    周りから見れば、怒っても良いのにと思うかもしれません。

    ですが、陰徳を積む人は人から認められるためにやっているわけではないので、そんな行為にも決して取り乱したりはしないんですね。

    ゴミ拾いの行為を誰にも知られずに黙々とする行為は、陰徳を積むからと言っても、誰にでも出来ることではありません。
    だからこそ、神からのご褒美と言う事で、見返りではないですが、強運を授けられるのかもしれません。

    掃除をする。とくにトイレ掃除

    トイレ掃除

    トイレ掃除

    昔流行った曲に「トイレの神様」という曲がありました。
    その歌によれば、トイレには綺麗な女神さまがいるとのことでしたが、トイレ掃除をする人もまた、陰徳を積めると言います。
    掃除は、基本的に汚れ仕事なので、苦手とする方も多いです。特にトイレ掃除は、人から出るもっとも汚いゴミを扱う作業なので、やりたがる人は少ないでしょう。仕事だから仕方なくやるという人もいます。

    ただ、その人達は同じ掃除という作業をしていても、陰徳を積むことにはなりません。
    なぜなら、お金をもらっている時点でそれは見返りとなり、陽徳を積むのと同じ行為になるからです。
    自分の家でトイレを使っている時も、トイレ掃除を人知れず行うのは面倒です。よっぽどの綺麗好きの人か、掃除が好きな人か、陰徳を積みたいと願っている人だけです。

    前述したトイレの神様の曲の中には、こんなフレーズがあります。

    「トイレには~(中略)女神さまがいるんやで~だから毎日綺麗にしたら、女神さまみたいにべっぴんさんになれるんやで~」という歌詞です。

    神様にしか知られることのない善行は、人に見つかることもなく続ける善行なので、陰徳と言っても良いでしょう。掃除もまた、ゴミ拾いと同じく他の人がやりたがらない仕事です。
    だからこそ、掃除を当たり前のように行う事が出来れば、善行になり、陰徳を積めることにもなります。

    ボランティア ・人助け

    テレビのCMなどで盛んに取り上げられているNPO団体によるボランティアは、人に認められるためにやっているので、陰徳を積める善行ではありません。確かに、困っている人達を給料なしで手伝うわけですから、陰徳に見えないこともないです。
    しかし、NPO団体によるボランティアは自分たちの影響力を高めることを前提に行われていることも多く、陰徳と言うよりは陽徳の方に近いです。

    ただ、本来の意味のボランティアは、純粋に人助けをする行為であり、褒められたり感謝されたりなどの見返りを求めません。
    もちろん、仕事ではなく、本当に純粋な人助けに限ります。

    ボランティアの作業をすることで、就職に有利になるなんて言葉も聞くこともありますが、それは決して陰徳を積むことにはなりません。人知れず、見返りを求めない本来のボランティアこそが、陰徳を積むと言う行為になるんですね。そういう意味では、献血もまた陰徳を積む行為と言えるでしょう。

    陰徳を積む人の生き方

    陰徳を積む人の生き方

    陰徳を積む人の生き方

    陰徳を積む人の生き方は、非常に謙虚で、浮き沈みの少ない生き方をされています。
    偉そうにすることもなく、本当に毎日の陰徳を積むことだけを考えているような生き方をされているように感じます。見返りのない、人から知られることもない事をするという事も大変ですが、続けるのはもっと大変でしょう。自分の利益のためではなく、人のために善行を行うと、神様からの徳という貯金が徐々に貯まっていきます。これこそが、陰徳がもたらす最大の効用と言えます。

    辛いことを続けているからこそ、神様からのご褒美がもらえるわけですね。陰徳を積む生き方は、もしかしたら苦しいことも多いかもしれません。ですが、自分の代だけでなく、子供や孫の幸せを願うのなら、自分が多少苦しい思いをしても何かを残したいと思う方もいるでしょう。陰徳は子供や孫にまで残せる、生涯年金のようなものです。その意味でも、陰徳を積むと言う行為は、自分以外の他人のために行っていると言えそうですね。

    陰徳あれば陽報あり〜人知れず善事を行う

    陰徳あれば陽報あり

    陰徳あれば陽報あり

    「陰徳陽報」という言葉は、中国から日本へ伝わった言葉と言われています。簡単に言ってしまうと、陰徳(善行)を積めば陽報(良い知らせがある)という意味です。

    もし、あなたになかなか陽報が届かないのは、陰徳を積んでいないことが原因かもしれません。
    陰徳自体は、簡単な行為で積むことが出来ますが、見返りを求めないことは難しいものです。途中まで陰徳を積めたとしても、そのうちに「全然運が良くならない!」などと言って、止めてしまう人もいるかもしれません。陰徳を積む時には、幸運を欲するような心がけでは駄目です。

    本当に心から他人のために行う善行こそが、陰徳と呼ばれる行為であり、無我夢中の境地に達することが出来た時初めて、本当の意味で陰徳を積んだことになり、幸せを享受することが出来るでしょう。

    仕事は天への奉仕だという心がけで徳を積める〜

    仕事は天への奉仕

    仕事は天への奉仕

    陰徳は人から見えない善行をすることで積めるものだと書きましたが、普段の仕事でも徳を積むことは出来ます。陰徳の心構えの基本は、善行=他人のためにすることですが、仕事もまた考え方一つで徳を積むことが出来ます。

    よく天職なんて言いますが、一般的には天職とは自分の適性に叶う仕事を見つけた時に使いますよね?
    一方で、天に奉仕する使命感を以てする仕事というニュアンスで、「天職」という言葉が使われることもあります。

    今やっている仕事が天への奉仕だという心がけをするだけでも、それは徳を積むことになります。
    給料が上がって欲しいなどの、言わばやましい心がけが徳を積めないのは当たり前です。もちろん生活がかかっているのですから、給料は上がるのが望ましいです。

    ですが、どんな仕事も神から与えられた物と考え、一生懸命奉仕する人は将来成功する人が多いものです。徳を積むためには、普段の心がけから始めると良いかもしれません。

    陰徳を積んだ人の晩年は豊か〜積善の家に余慶あり

    積善の家に余慶あり

    積善の家に余慶あり

    世界の成功している人の状況を見てみると、陰徳を積んでいるとこうなれるんだと思わせてくれることがあるかもしれません。もちろん、成功している人の中には陰徳を積んでない人もいるでしょうし、陰徳の積み方の方法を知らない人も多いでしょう。

    ですが例えば、Windowsを開発したマイクロソフトのビルゲイツさんは、稼いだお金の何割かを慈善事業に使っているそうです。ビルゲイツさんが陰徳を積む方法を知っていたかは定かではありません。ただ、成功者の多くは彼のように、慈善事業にお金を使う人が多いのは事実です。
    「積善の家には必ず余慶あり」という故事成語がありますが、こちらは「善行を積み重ねた家には、その行いの報いとして必ず幸せがやってくる」という意味です。

    また日本には「情けは人のためならず」ということわざもあります。
    他人の幸せのためにやっていた善行が、いつの間にか自分の幸せとして返って来るんですね。もちろん、見返りの心を持ってしまった段階で、それは陰徳を積んだことにはなりません。
    ですが、本当に陰徳を積んでいる人には、必ず幸せがやってくるものです。

    陰徳を積む仕事で真の豊かさを得よう

    Photo byleninscape

    陰徳を積むことは、簡単であり困難であるとも言えます。
    ですが、陰徳を積む方法は前述した以外にも沢山の方法があります。どんな方法でも構いませんので、まずは他人に知られない場所で善行を積んでみましょう。

    もちろん、空き巣に入った泥棒ではないのですから、時には人に見られてしまうこともあるでしょう。でも、見つかった時点で陰徳を積めないのではなく、見つかった時に褒められたいと思った時点で、それは陰徳ではなくなるんですね。

    ゴミ拾いや掃除など、陰徳を積める仕事は沢山あります。陰徳を積むと言う行為は、生き方を変える行為でもあります。自分のために生きるのではなく、他人のために生きるという生き方は難しいです。
    ですが、真の豊かさと言えるのは、物質欲などではなく、心の平穏です。

    陰徳を積んでいる人の多くは、心穏やかで謙虚な人が多いです。
    陰徳を積むことで、きっと段々そういう心の境地に立つと言う事かもしれません。

    人生は一度きりしかありません。

    もし自分が亡くなる時、後悔しない生き方をするためにも、まずは自分のできる方法で陰徳を積んでみましょう。

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