平家物語でも使われた「諸行無常」で悩みや悲しみを解決につなげる

闇を照らすろうそく
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エッセイ

文学や歴史が好きだという方は、必ず諸行無常という言葉を目にする機会があります。

それは平家物語の冒頭部分ではないでしょうか。

歴史や文学がそれほど好きではないけれど、諸行無常という言葉を聞いたことがあるという方は、おそらく学校の授業で習う平家物語の中でこの諸行無常という言葉を耳にしていらっしゃるのではないでしょうか。

この諸行無常ですが、悩みや悲しみをかいけつする事に繋がりますから、現代で多くの悩みや悲しみに打ちひしがれている方の為に今回は、この諸行無常についてご紹介します

諸行無常とは

移ろい風化する葉

移ろい風化する葉

諸行無常とは、冒頭でお話ししたように平家物語に登場する言葉として多くの人の耳に残っている言葉ではないでしょうか。

この諸行無常ですが、平家物語では「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり」という風に冒頭の一分として搭乗しています。

「諸行」とはこの世の一切の物事や現象を指し、「無常」とは全ては常に変化をし、不変の物は無いという意味なのです。

諸行無常を解いたお釈迦様や空海

空海

空海

諸行無常は仏教の基本思想をなすものとされており、あらゆるものは刹那の間に変化を繰り返していると考えられています。

この諸行無常をお釈迦様や空海が説いているのですが、お釈迦様はこの諸行無常を感じ、裕福な家に生まれ妻子が居たにも関わらず、29歳で全ての地位や名誉を捨てて出家をされています。

「生滅の方は苦であるとされていますが、生滅するから苦なのではなく、生滅する存在であるにも関わらずそれを常住なものであると観るから苦が生じるのである。」という風に諸行無常を解いておられます。

空海は説明するまでもないでしょうが、弘法大師のことです。

いろは歌はこの空海が作ったとも言われており、最初の「いろはにほへとちりぬるを」の部分に諸行無常と通じる意味が込められているのです。

この最初の部分を現代風に読むと「花は美しくかぐわしい香りがあるが、いつかは散ってしまう」という意味になり、花の中にある諸行無常を歌っているのです。

平家物語に出てくる諸行無常

平家の里慰安碑

平家の里慰安碑

冒頭から度々お話ししている様に、平家物語においても諸行無常は登場しています。

この平家物語内での諸行無常が伝えている事は、全ての物は移り変わり、どんなに栄えている者でも必ず衰退していくという様に、必ず物事には終わりがあり命には終わりがある、それはまるで風の前で吹き飛ばされてしまう塵と同じ様に消えてしまうのだと伝えています。

諸行無常を悩みや悲しみの解決につなげる

迷い立ち止まる

迷い立ち止まる

この諸行無常についてお話をしていると、必ずそんなに刹那的に無くなってしまうのであれば自分が今生きている世界は何なのだという方も少なくはありません。

しかし諸行無常は「刹那的」「排他的」な意味ではなく、移り変わり生滅していくからこそ一秒一秒を大切にする必要があるのです。

過ぎた事や、まだ訪れてもいない未来に悩み一喜一憂する前に、今目の前にある現実の中でより良い方向を目指していく事が大切なのです。

諸行無常でこころを変えて明るい未来を

明るい未来

明るい未来

過ぎた事や未来の事を考えることが悪いとは言いません。

しかしもしも現在の事をないがしろにしているのであれば、それはとても勿体物なのです。

ですから、何よりも今皆さんが生きているこの一瞬一瞬を大切にするという心で、未来を切り開いてみてはいかがでしょうか。

確かに大切な人の死に直面して、悲しみに打ちひしがれる事もあります。

明日の会議に出たくないと悩み苦悩する事もあるでしょう。

時間は必ず移り替わり、必ず命あるものは生滅しますし、明日という時間は必ずやってくるのです。

ですから、悲しい事も過去になりますし、辛い事も現在になり必ず過去になります。

よりよい方向へ赴くために今できる事は何なのか、一度心の声に耳を傾けてみましょう。

なぜなら皆さんが生きているのは、大切な人と過ごした過去ではなく明日の会議の時間ではなく、今この時なのですから。

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